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大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)21号 判決 1978年10月02日

原告 周参見瑞穂

被告 大阪国税局長

代理人 辻井治 塩津英雄 ほか八名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和四六年四月一日付でなした免職処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は昭和二五年八月一五日大蔵事務官として大阪国税局に採用され、同日付で泉佐野税務署直税課所得税係を命じられて以来、九税務署において主として資産税の賦課、およびその課税標準の調査、検査等に関する職務に従事し、最後は泉大津税務署所得税課に上席国税調査官として勤務していたもの、被告は国家公務員法五五条二項、昭和三五年一月一日国税庁訓令特一号に基づき国税庁長官より委任を受け、原告に対する任命権を有するものである。

2  原告に対する分限免職処分の存在

被告は、昭和四六年四月一日付で、原告を税務職員に必要な適格性を欠くとして、国家公務員七八条三号により免職処分に付した(以下単に本件処分という)。

原告はこれを不服として人事院に対し審査請求をしたが、人事院は昭和四七年一二月一日右免職処分を承認する旨の判定をした。

3  本件処分は次の理由により違法である。

(一) 原告は勤務成績も優秀であり、税務職員として不適格であるとされる理由はない。

(二) 本件処分は、原告が大蔵事務官として敏腕で、しかも上司におもねず、自らの意見を誰はばからず開陳する性格のため、上司および性格の合わない同僚、税理士がこれをうとんじ、原告を税務署から追放しようとして仕組んだ策動である。

(三) 本件処分に先立ち、原告は当時勤務していた泉大津税務署の署長から懲戒処分になる虞がある旨知らされ、任意退職を求められた事実があり、被告は当初原告を懲戒免職処分に付する予定であつたところ、その理由が乏しかつたため、原告に対し何ら任免権限のない右税務署長をして原告に任意退職の勧告を試みさせ、これを拒否されるや、かかる違法な行為を糊塗するため、本件処分に及んだものである。

よつて、原告は被告に対し本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

三  被告の主張

1  原告が税務職員として不適格であることを示す事実の存在

原告は昭和四二年暮れごろ大阪府泉佐野市で助産婦兼家政婦紹介所を経営する義姉吉川キク(以下単に吉川という)から、同市で山田外科病院(以下単に山田外科という)を経営する医師山田正美(以下単に正美という)を紹介されて知り合い、自己の胆石病の治療のため同病院に通院していたなどの事情もあつて、同人の妻山田五久子(以下単に五久子という)との面識を深めていたところ、同四三年四月ころから同四五年七月ごろまでの間に次のような行為を行なつた。

(一) 泉佐野税務署資産税係長として在職中の昭和四三年四月ころ、五久子の宅を訪れて同女に五万円の借用を申し込み、借用証を交付することなく同女から現金五万円を受領し、自己のために費消しながら返済もせずそのまま放置し、

(二) 泉大津税務署資産税係長として在職中の昭和四三年八月ごろ、五久子およびその兄妹らの相続税の申告に関し指導、助言することを積極的に引き受けてその相談に応じ、納税地所轄の岸和田税務署に出向いて相続税担当者に事情を説明し、同年一一月ごろ、これらに対する謝礼の趣旨で供与されるものであることを知りながら、五久子から吉川を通じて供与された現金三〇万円を、また、五久子の兄長岡邦博から郵送により供与された一万円相当のひえつき人形をいずれも受領し、

(三) 泉大津税務署上席調査官として在職中の昭和四五年一月ごろ、競馬の馬券購入資金が不足したことから五久子に一〇万円の借用を申し込み、借用証を交付することなく同女から一〇万円を受領し、自己のために費消しながらこれを返済する意思がなく、一度吉川に返済してほしい旨依頼したのみで、返済の有無を確認することなくそのまま放置し、

(四) 右(三)と同じ官職にあつた昭和四五年二月ごろ、正実の所得税の申告に関し同人から依頼を受けてその相談に応じ、所轄の泉佐野税務署から所得税確定申告のための納税相談に出頭するよう同人に対して呼出しがあつた際、同署所得税課長に対して、正実が事後調査などの実地調査の対象にならないように事前によく指導してくれるよう電話し、また、同年三月の所得税の確定申告時には、所得税法上は医学生である同人の長男山田実比呂の事業専従者給与の控除ができないのにかかわらず、それができるとの原告の見解で正実を指導し、さらに、同年六月ごろ同人が同署から所得税の実地調査を受けた際、同人らの要請により同人のために同署におもむき、又は電話で同署の調査担当者から調査状況を聞き出すなどして、特定の納税者の課税について不当に介入し、

(五) 自ら「よく競馬に行き、そのときは五万から一〇万ぐらい張るのが普通である。」と広言するほど競馬等のかけ事に凝つたため、その資金源に疑惑を受けるところとなり、昭和三五年から同三六年にかけて国税庁監察官の調査を受け、その結果競馬資金にあてるため税理士二名に金借を申し込んだ事実が判明し、また、泉佐野税務署所得税係長であつた同四一年六月には、相続税に関する収賄の容疑で大阪地方検察庁の強制捜査を受けたことがあるにもかかわらず、その後も競馬等のかけ事をやめることなく、泉大津税務署上席調査官として在職中、

(1) 同四四年一〇月ごろ、競馬資金にあてるため正実に一〇万円の借用を申し込んだところ、同人から手持ちの現金がないとして断わられたので、五久子から一〇万円を提供させるべく吉川と意思を通じ、同女をして五久子に対し、あたかも吉川が正実に代つて原告に一〇万円を貸与したかのように申し向けさせて五久子をして吉川に一〇万円を交付させ、

(2) 同四五年六月ごろ、署員の白浜旅行のために入用であるとの口実をもつて五久子から所得税調査の運動費の趣旨で一〇万円を提供させ、

いずれも借用証を交付することなく受領し、すべて自己の遊興(主として競馬)に費消したうえ借用金残高の認識もないまま漫然と放置した。

2  原告が税務職員として不適格な理由

以上の事実からすれば、原告は、

(一) 競馬資金等にあてるため特定の納税者にしばしば金員の借用を申し込み、借用証を交付することなく多額の現金の提供を受けながらこれを返済せず、

(二) これらの金員借用の申し込みに際しては、自己が費消するものであるにもかかわらず税務職員らの旅行等に入用であるとの名目、言辞をろうして借り入れの口実とし、

(三) 自己の身分と職務上の知識を利用して特定の納税者のために相続税に関する相談に応じて助言し、その申告に介入してそれらに対する謝礼として多額の現金の供与を受け、

(四) 特定の納税者のために所得税の申告および税務調査に介入した

もので、このような行為はいずれも納税者の誤解を招くとともに、税務官署および善良な税務職員の名誉と信用を傷つける税務職員としてふさわしくない行為であり、さらに、原告がこれらの行為を長期間にわたつて反復持続したことは、これを容易には矯正し得ないことを示すものであるから、国家公務員としての適格性を欠くことの徴表と認められ、国家公務員法七八条三号に該当する。

よつて本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否、反論

1  被告の主張1について

(一) 同冒頭記載の事実のうち、原告が吉川の紹介で山田外科へ胆石病の治療のため通院していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同(一)の事実について、五久子から五万円を借用した事実はない。原告が五久子方で同女から五万円を受領したことはあるが、それは、昭和四三年四月ごろ泉佐野税務署資産税係員の勝浦温泉旅行に際し、原告が係長であつたため、不慮の災難その他非常時の出費に備える必要上、吉川からこれを借り受けることとなつたが、同女が手許不如意であつたため、同女からの事前の電話依頼によりこれを承諾した五久子から、原告が吉川の指図で同女の代理人として受け取つたものである。原告は貸主が吉川であるので借用証を差し入れず、しかも、旅行直後に右金員は吉川に返済した。

(三) 同(二)の事実について、五久子の亡父の遺産分割の仕方をめぐつて相続人間に紛争があり、原告はこれを解決するための調停役の依頼を受け、これを円満に解決したことに対する費用および謝礼として、一五万円と人形一つを受領したにすぎない。相続税に関しては、紛争調停の過程で相続税申告に関する株式評価の誤りを指摘、訂正させたにすぎず、他には一切介入していない。右謝礼は仲介人の立場、努力、紛争解決の成果、依頼人の社会的地位、財力、仲介に要した費用等により定まるもので、本件の場合格別多額とはいえない。ちなみに、右相続税申告書が当初提出されたのは昭和四三年五月二四日であり、原告が右調停に乗り出したのは同年八月である。

(四) 同(三)の事実について、原告が五久子から一〇万円を受領したことは認めるが、それは、昭和四五年三月ごろ泉大津税務署資産税担当相談係員の春の赤穂岬の旅行に際し、前記(一)と同様の理由経過で吉川から一〇万円を借用したものである。五久子は右金員を吉川に代つて立替えたにすぎないので、原告は五久子に借用証を差し入れず、また、右金員は旅行後間もなく吉川に返済した。

(五) 同(四)の事実について、原告は山田外科で胆石病の治療を受けていたので、青色申告の事前指導があることを聞き、所轄税務署の係官によく指導してくれるよう儀礼的に依頼したにすぎない。また、正実からその長男実比呂の専従者控除の有無について見解を聞かれたので、原告は「現実に事業に従事させておれば可能かもしれないが、学生の場合はまず不可能だ」と返事したのにすぎず、被告主張のような指導をしたことはない。さらに、正実が所得税の実地調査を受けたときは、儀礼上調査担当者に「納得できる調査をしてやつて下さい」と言つたにすぎず、課税に不当に介入したことはない。

(六) 同(五)の事実について、原告は昭和三五年から同三六年当時全く競馬に関係したことはない。従つて「よく競馬に行き、そのときは五万から一〇万ぐらい張るのが普通である」との広言をしたことはなく、また、税理士に金借を申し込んだこともない。大阪地検の捜査は誤解に基づくものであつて間もなく打切られ、原告は何の処分も受けなかつた。

同(1)の事実について、被告主張の金員を五久子から借用したことはない。右金員は吉川から借用して友人に融通したもので、その後間もなく吉川に返済した。

同(2)の事実は否認する。

2  被告の主張2について

(一) 原告は借金までして競馬に凝つたことはない。吉川は五久子の困難な出産の手助けをし、且つ、山田外科の看護婦とのトラブルを解決するなどのことがあつてから、山田家と親戚同様以上の交際をしていたのである。しかも、吉川は必要に応じて山田外科に家政婦を派遣するなど同病院にとつては貴重な存在でもあつた。従つて、吉川が手許不如意のとき山田外科から一時金員を借り受け原告に貸したとしても、世間一般の常識からみて怪しむに足りない。親族間のみならず一般に少額の金額の貸借については、借用証等の形式的な書類を作成しないのが通常であり、原告が、吉川に借用証を交付しなかつたとしても、問題にされることはない。

(二) しかも、原告が吉川から金員を借用したのは不意の出費を考慮してのことであり、それも間もなく返済している。

(三) 原告は納税者の申告にただの一回も介入したことはない。知人から申告に関する助言、指導を求められた場合、その助言、指導が適正であれば介入にはならない。原告は前記相続税申告に関しその誤りを指摘したのにすぎず、このような行為は税務署職員の殆んどが行なつていることで介入とはいい難い。また、税務署職員が税務以外に関する紛争の解決に善意から関与したり、紛争解決の喜びのしるしとして提供された金品を受け取ることは差支えない。

(四) 山田外科の正実、五久子らは、原告が吉川の義弟に当るところから税務面で何らかの期待をしていたと思われる節がないではないが、これは正実らの身勝手であつて原告の責任ではない。

(五) 以上のとおり、原告の行為は、いずれも通常一般の税務職員の行動と何ら変りはなく、税務官署や、その職員の名誉、信用を傷つけるものではないから、国家公務員としての適格性を欠くとはいえない。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1、2の事実については当事者間に争いがない。

二  原告の税務職員としての適格性について

1  国家公務員法七八条は「官職に必要な適格性を欠く場合」(三号)には当該公務員をその意に反して免職することができると規定して、いわゆる分限免職の制度を定めるところ、国家公務員は、憲法、国家公務員法において国民全体の奉仕者であり、公共の利益のため勤務するという職務上の義務が定められ(憲法一五条二項、国家公務員法九六条一項)、その本質からみて、国家公務員法以下の法令規則において定められる職務を遂行するにあたり、同法令規則の期待する一定水準の勤務実績をあげうる素質、知識、能力、意欲を有することが必要であることはもちろんであるが、さらに、一般私生活の面においても常に右地位にふさわしい行動をとるよう心がけ、もつて、当該公務員自らの職務のみならず公務全体の公正さに対する国民の信用と名誉を保持する職責を有する(国家公務員法九九条)と解され、かかる職責を全うしうる資質、意欲を有し、且つ具体的行動の面にそれを常に表出することが公務員としての適格性を有するということにほかならないと考えられる。

そして、税務職員の場合、わが憲法秩序は国政の民主的運営をその根本理念とし、これを支える財政的基礎をなす租税も国民の基本的義務として民主的手続を経て徴収されることを予定しており、従つて、国民の納得のいく課税とその徴収活動がなされなければならないことは当然であり、逆にいえば、租税徴収過程の公平と適正に対する国民の信頼が失われるときは、民主国家の基礎が揺らぐといつても過言ではないのであるから、かかる活動に従事するものとして、特にその職務の公正の保持に留意し、国民からこの点に関し一点の疑念も抱かれないよう心がける責務があるというべく、かような責務を十分に理解し、行動する能力、意欲を有することが税務職員の適格性の中核であるといわねばならない。

2  そこで、原告の税務職員としての不適格性を示すものとして被告が主張する事実の有無につき検討する。

(一)  原告が泉佐野税務署に勤務していた昭和四二年暮れごろ、大阪府泉佐野市で助産婦兼家政婦紹介所を営む義姉の吉川キクから同市で山田外科を経営する医師正実を紹介され、自己の胆石病の治療のため同病院に通院していたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は正実の妻五久子とも面識を深めるようになり、また、決算期などに正実から税務相談を受け、未収金申告の取扱いや、帳簿の記載方法につき指導、助言したりするようになつたことが認められる。

(二)  原告が泉佐野税務署資産税係長であつた昭和四三年四月ごろ五久子方で同女から直接現金五万円を受領したことは原告の自認するところであり、右事実と<証拠略>に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、右職責にあつた昭和四三年四月ごろ、右税務署員の送別慰安のための勝浦温泉旅行に際し、上司としての責任ないし体面上、不慮の災害その他非常時の出費に備えるため、五久子に五万円の借用を申し入れ、同女から用意しておくからとの返事がなされたのに対し「急ぐから」と申し述べて督促した結果、同女の長女出産の際および山田外科の看護婦との紛争による人手不足の際に尽力のあつた吉川に対する義理と、原告に心づけを与えておけば、税金対策上何かと好都合であると判断した同女から右金員の交付を受けてこれを費消したことが認められる。

原告は、右金員は吉川から借り受けたもので、金借に際し吉川から五久子に対して事前に金員借用の依頼があり、そのあとで原告が山田方へおもむき吉川の代理人として右金員を受領したものであると主張するが、<証拠略>をもつても原告の右主張を認めることはできない(右供述からは、せいぜい何回かにわたる右同様の金員借用のうちに、吉川から五久子に対し「周参見が無理言うていつて立替えてくれたんやね、奥さん、今後とも無理言うていつたらちよつと立替えておいてほしい」という程度の謝意表明と依頼があつたことがうかがえるにすぎない)。

また、原告は右金員を勝浦温泉旅行の直後返済したと主張するが、<証拠略>によれば、右金員は国税庁監察官の本件事実に対する取調べ後の昭和四五年一二月に吉川を通じて返済されたことが認められ、右認定に反する<証拠略>は措信できない。

(三)  <証拠略>の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、泉大津税務署資産税係長であつた昭和四三年八月ごろ、五久子から同女の兄妹間における相続財産をめぐる争いの調停を依頼されて引き受け、これを円満解決に導いたが、その際相続税の申告についても指導、助言を引き受け、既に提出されていた相続税申告書の訂正申告書の作成にあたり、所轄税務署である岸和田署におもむき、上席調査官新川正之に対し、自分が治療を受けている医師の家族の遺産の問題である旨説明し、同年九月ごろ、財産評価の訂正に必要な資料の収集や、右提出ずみの申告書の不備についての早期の調査を依頼し、同調査官から訂正を要する事項につき連絡を受けるや右教示に従つて申告書の不備な点を補正のうえ再申告させ、同年一一月右紛争解決と税務申告に際しての原告の尽力に対する謝礼の趣旨で五久子から三〇万円(但し、そのうち多少の部分は右調停に関与した吉川の経費分として同女が取得し、また、一部原告の出損した費用の填補部分がある)を、同女の長兄長岡邦博から一万円相当のひえつき人形を贈られてこれを受領したことが認められる。

原告は、受領した金員は一五万円であると主張するが、<証拠略>によれば、五久子が右謝礼の趣旨で吉川に交付したのは三〇万円であることが認められ、これを覆えすに足る証拠はなく、<証拠略>に弁論の全趣旨を総合すれば、吉川が受領した三〇万円のうち、原告は一五万円を受取り、残りの一五万円は原告の吉川に対する借金(あるいは五久子への返済を依頼した金員も含まれた可能性もある)および吉川が右調停に関与して出損した経費少々の補填にあてられたことが認められるから、結局原告が三〇万円(正確にはほぼ三〇万円)を受領したことに帰着するといわざるを得ない。

もつとも、前掲甲第一号証の吉川の供述記載中には、右三〇万円は右調停に関与した自分にくれたものであり、原告に渡してくれと言われなかつたが、原告も自分の依頼でこれに協力してくれたから、その働きに対し半分を与えたとの趣旨にとれる供述があり、また、自分は一〇万円、原告が五、六万円費用として使つたと供述する部分もあるが、右吉川の供述記載部分は<証拠略>の各五久子の供述記載部分と対比してにわかに措信し難い。

また、原告は、右謝礼は遺産分配の紛争の調停をなしたことに対するものであると主張するが、前記のように原告と五久子兄妹との関係は、五久子の夫の正実と「患者と医者」の関係であるほか、五久子と親しい吉川の義弟であるというにとどまるから、このような関係だけを理由に遺産をめぐる紛争の調停を依頼することは通常考えられないところであつて、原告が税務職員として相続税およびこれに関連する遺産の評価に詳しいこと、従つて、それらについて公正的確な判断が期待できることが予想されたので、原告に相続税の申告等を依頼したものと推認しうるし、現に、原告が行なつた税務相談は、単に遺産分配の仲介の経過の中で自分の知識の範囲内で即時に答えうる程度の遺産の評価につき助言したというにとどまるものでなく、所轄税務署にわざわざ出向いて資料の収集、計算に他の税務職員の手を煩わすなどして税務申告の完全を期すことに尽すなど、単なる税務相談に応じる以上のことを行なつているのであり、それであるが故に、五久子らからその労を多として前記のような多額の金品の交付があつたとみるのが相当である。

(四)  <証拠略>によれば、原告は泉大津税務署上席調査官であつた昭和四四年一〇月ごろ、正実に対し一〇万円の借用を申し込んだが手許不如意を理由に断られたことが認められ、これを覆えすに足る証拠はない。

被告は、原告が吉川と意思を通じ、右金員を吉川が正実のため立替え払いしたことにしてその旨五久子に申向けさせ、結局これを五久子から出損させたと主張するが、原告が吉川とかかる通謀をなしたことを認めるに足る証拠はないし、右金員が最終的に五久子から出たという点についても、<証拠略>に照らしたやすく措信し難く、他に右被告主張事実を認めるに足る証拠はない。

(五)  原告が被告主張1の(三)の事実について、五久子から一〇万円を受領したことは当事者間に争いなく、<証拠略>に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、右(四)と同じ職責にあつた昭和四五年一月ごろ、前記(一)同様職員の慰安会にいるとの名目で五久子に対し金員の借用を申し入れ、同月中旬同女から「また税金の申告時期ですからよろしくお願いします」といわれ、二回にわたり五万円ずつ計一〇万円の提供を受けてこれを受領、費消したことが認められる。

原告は、そのころ五久子から一〇万円を借用したのは同年三月で、職員の赤穂旅行に備えた予備の金として入用だつたとし、そのときも右金員交付に先立ち吉川から五久子への連絡があつたと主張するが、<証拠略>中右主張にそう部分は前掲各証拠と対比してたやすく措信できず、他に右認定を覆えすに足る確たる証拠はない。

なお、<証拠略>を総合すれば、原告は右受領した一〇万円を、その後間もなく返済すべく吉川に預託したが、同女においてこれを失念し、結局前記(二)と同様昭和四五年一二月になつて五久子に返済したことが認められる。

(六)  原告が昭和四五年三月ごろ山田外科で胆石病の治療を受けていたこと、そのころ泉佐野税務署から正実に対し所得税の青色申告の指導があると聞いたことは当事者間に争いなく、右事実に、<証拠略>に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、右(三)と同じ職責にあつた昭和四五年三月ごろ、所轄の泉佐野税務署から正実に対し所得税の青色申告は関し記帳指導の呼出があつたことを聞知し、同署所得税課長岩橋益夫に対し、電話で正実は自分が病気のため特別の治療を受け世話になつている医者である旨を告げて、事前に十分な指導をなし事後調査などの実地調査の対象にならないようにしてほしいとの依頼をしたが、同年六月ごろ五久子から吉川を通じて正実が実地調査の対象となつた旨の連絡を受けるや、右岩橋に対し電話で事後調査の対象にした理由などを問いただし、さらに、同年七月ごろ二回にわたり同人に面会を求め、山田外科では数年前の看護婦のストで各方面に金を使い、表面に出せないものがあるので経費にみてほしいとの事情を説明し、さらに、同人に紹介された担当調査官岡本茂から調査の内容を聴取し、正実に架空仕入計上の事実がある旨知らされるや、調査のめどがつき次第早期に処分してほしい旨依頼したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(七)  <証拠略>を総合すれば、原告は、正実に対する泉佐野税務署の実地調査があつた昭和四五年六月ごろ、五久子に対し署員の白浜慰安旅行のため必要である旨説明して五万円の借用を申し入れ、右実地調査が問題なく済むようにとの意図のもとに同女が提供した右金員を受領し、さらに、その一、二日後にも「ちよつといるから」と申し述べて右同様の意図で提供された五万円を受領したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(八)  被告は、原告が所得税法上医学生である正実の長男の場合、いわゆる事業専従者控除ができないのにできると指導したと主張し、原告が右の点につき助言したことは原告も認めるところであるが、<証拠略>中右被告主張にそう部分は、右指導のあつた前後の事情、態様、指導した相手について右両名の各供述はその間に相違が少なくないうえ、<証拠略>に照らすと、原告の右助言が税務職員の納税者に対する指導、助言として間違つた、又は、正当な範囲を超えたものであるとはいえず、他に原告が右正当範囲を逸脱した指導、助言をしたことを認めるに足る証拠はない。

(九)  さらに、被告は、原告が昭和三五、三六年ころ競馬資金にあてるため税理士に金借を申し込んだと主張するが、右主張にそう<証拠略>は、その内容が具体的ではなく、詳細が不明であるうえ、<証拠略>に対比してにわかに採用し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。

3  以上認定の事実によれば、原告の前記2の(二)、(三)、(五)、(六)、(七)の各行為は、次の理由により税務職員としてふさわしくない行為であるといわなければならない。すなわち、

(一)  まず、特定の納税者に対し、再三にわたり多額の金借を申し入れ、右納税者が税金対策の見地から貸与する意図が明らかな状況下で貸与を受け、しかもその返済に意を払わず、長期間放置し、国税庁監察官の取調後返済していることがあげられる。

右行為は、当該特定納税者をして、税務職員に金銭上の恩恵を与えておけば、その徴税活動に手心が加えられるかもしれないという不当な期待を抱かせるばかりか、一般納税者にもそのようなことがありうるとの疑惑を抱かせ、ひいては、国民一般の納税意欲を低下させる結果をもたらすことになる。

原告は、当初自己の勤務していた税務署の、また、後にも自己の影響力を維持しえたと推認しうる税務署の所轄管内の特定納税者(本人又はその配偶者)に対し、多額の金員(<証拠略>によれば、昭和四三年当時の原告の給料は一ヶ月一〇万円位であり、<証拠略>によつても、右金員は一般に多額といえる金額であることが認められる)借用を申し入れその貸与を受けたのであるが、前記2の(二)の場合、その義姉が当該納税者と特別に親しい関係にあるとはいえ、自己と右納税者とは患者と医者という関係があるほか、納税相談に応じたというだけであり、このような事情の中で右のような多額の借金が受け入れられるとすれば、税務署員の慰安会にいるとの理由をつけたことでもあり、貸与側に税金対策の意図があることは容易に察しうるところであるし、同(五)の場合その意図が直接言葉に表現されており、同(七)の場合も現に当該納税者自身の納税をめぐる問題が生じており、且つ原告がその問題で右納税者のために行動していた時点のことであるから、右意図は明らかで、原告がこれらを感得し得なかつたとは考えられず、このような場合、右のような多額の金借を避けるべきは税務職員として自明のことといわなければならない。

しかも、右借金は(二)の場合は国税庁の監察官の取調べ後に返済され、(五)について返済を吉川に委託後実際の返済の有無を確かめず長期間返済のないまま放置し、(二)同様取調べ後に返済されたもので、慰安会に際しての不慮の出費に備えたものであればこれを終えて帰着し次第ただちに返却するのが通常人の常識であり、右借金が前記のように税金対策との関連を疑わせる事情下にあつてはなおさらであつて、そのようにしておれば借金を返済したか否かはたちどころに明らかにしうるのであるから、これを明確にしないこと自体、また、返済に意を払わず、長期間放置したこと自体、税務にたずさわるものとして職務の公正の維持を心がけ、これを全うしようとの自覚に欠けるものがあるといわなければならない。

しかも、原告は以前その金づかいのあり方に疑惑をもたれ、国税庁監察官の調査を受け、税理士二名に金借を申し込んだ事実があると疑われ(<証拠略>により認められる)、また、収賄の容疑で大阪地検の強制捜査を受けたこともあり(当事者間に争いがない)、このような経験を経たものとしては、以後職務との関連において特定納税者との間で不明朗な金員の授受を行なつてあらぬ疑いを受けることのないよう慎重に配慮するのが普通であると考えられることを勘案すると、原告の職務の公正さを維持することに対する無自覚ぶりは顕著であるというべきである。

(二)  次に、特定の納税者の相続税に関する税務相談に応じ、儀礼の範囲内とはいえない不相応に多額の金品を得たことがあげられる。

税務相談は一般的にいつて税務職員の職務の一部であると解され、それが勤務時間外に行なわれたとしても、これに応ずるときは職務の延長ないしこれに附随して行なうものとみなすべきであるから、これに対し相談の相手から社会通念上儀礼的なものと認めうる以上の金品を受領することが望ましくないことはいうまでもない。

前記2の(三)の行為によつて原告が得た約三〇万円は、前記の原告の賃金に照らしても一応まとまつた金といえる多額なものであり、前記認定の調停、税務相談に対するものとしては、特段の事情の見当らない本件にあつては、右儀礼の範囲を越えるものと判断せざるを得ない。

(三)  さらに、自己と親しい特定納税者に対する課税調査活動に関し、係職員に自己が影響を与えうる立場を利用してこれに積極的に接触し、調査内容を聞き出し、課税内容につき意見を述べるなどして介入したことがあげられる。

右行為は、結果として当該課税とその徴収活動の公正さを失わせなかつたとしても、何らかの影響を与え、公正を失わせる契機を含み、また、一般納税者がかかる事実を知るときはその公正さにつき疑いを抱く虞のあるものであつて、税務職員として厳に慎むべきものである。

原告は右行為につき儀礼の範囲を出ないものというが、それが徴税活動に何の影響もないとすればかかる行為を行なう必要は全くないのであり、特定納税者がかかる行為を期待したとすれば、これによる何らかの影響を予想してのことであることは疑いないから、これにそつた行動をとることを避けるべきは当然で、しかも、前記原告の行為は儀礼の範囲内と考える根拠に乏しく、特定納税者に対する課税とその徴収活動に十分影響を与えうる程度、内容のものであつて、介入というにふさわしい行為であると考えるのが相当である。

4  ところで、分限免職処分は徴罰でないから、右処分をなすには当該公務員に必ずしもその職を失うという報いを受けるに値する非違行為があつたことを要するものでなく、ただ職を失うという当該公務員に対し重大な不利益を与えるものであるから、処分権者においてこれをみだりに行なうことのないことが制度的に確保されねばならず、この見地から、分限免職処分にあたつては当該公務員の適格性の欠如を公正に判断しうる客観的な資料が、当該公務員の行為のうちに右不適格性を示す動かし難い徴表として見出され、且つ右徴表からうかがい知りうる当該公務員の不適格な性向が矯正し難いと判断されることが要求され、またそれをもつて足ると解される。そして、その判断は、第一次的には当該公務員の言動に精通するその処分権者に任され、司法的にこれを違法として取消しうるのは、右処分権者の判断が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱して濫用にわたると認められる場合に限られると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原告は、多年にわたり税務職員として勤務してはきたけれども、その間前記のように税務職員として数々の望ましくない行為をしており、その一つ一つを取り上げて判断するときは、それ自体が独立して税務職員としての不適格性を示しているとまでは断じ難いものがあるとしても、全体として総合的に判断するならば、原告はその職務が前記のように民主国家存立の基礎をなすともいえる重要性を有することを十分に自覚し、その公正の維持に努めるという基本姿勢に欠け、将来いつ決定的にその職務の公正をそこなう結果を招来する行為に出るやも知れぬという危惧を抱かせるものがあるといわざるを得ず、且つ、前記のように原告が税理士への金員借用申込を疑われて問題とされ、また、収賄容疑で官憲の強制捜査を受けたという経験がありながら反省することなく特定納税者との間で望ましくない金員授受の行為を繰り返し、それが前後二年の長きにわたつたことに照らすと、原告の右性向は矯正し難いものとみるほかはない。しかも、ある税務職員が不正の行為に及ぶときは、当該職員の職務の公正が問題となるにとどまらず、その所属する税務署全体の信用を失墜し、ひいては、国家の課税活動自体の公正さに対する国民の疑惑、不信を生み出す虞さえあるうえ、一度失われた公正さに対する信頼はかなりの長期間回復し難いことをも考え合わせると、被告が原告の前記のような行為をもつて、税務職員として不適格であるとして、原告を分限免職処分にしたことは、社会通念上著しく妥当を欠くものとはいえず、任命権者に任された裁量権の範囲を越えこれを濫用したものと判断することはできないというべきである。

5  原告は、自らの勤務成績の優秀さをあげて税務職員としての適格性を有する一証左とするが、前記のように、業務遂行上の成績が良いとの一事をもつて右適格性があるとは言いきれず、また、本件処分はそりのあわない上司、同僚らが税務署から原告を追放する策動であるとも主張するが、これを認むべき証拠はない。

さらに、原告は、本件処分は、泉大津税務署長から懲戒免職をほのめかされ、任意退職を勧められた違法を糊塗するためになされたと主張するが、<証拠略>によると、右署長は、自らが職務上うかがい知つた前記原告の行為の概略を長年の自己の勤務経験に照らして、原告が懲戒免職になる可能性が強いと判断し、上司としての独自の立場から好意的に原告に不利にならぬよう依願退職を勧告したものであり、他意はなかつたことが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はないから、右署長の行為は違法とはいえず、従つて、原告の右主張も理由がない。

三  そうすると、本件処分はこれを取消すべき理由がないから、原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎 東修三 田中亮一)

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